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糸電話

森に、井戸を掘った

 

永い時間をかけて

わたしは

生まれては、死に

生まれては、死んだ

産んだことも、孕ませたこともあった

殺されたことも、その逆のことも

あったかもしれない

 

幸福とよべる

忘れ難いことの数々もあったはずだが

昔のことなので とうに忘れてしまった

 

思い出せぬには

思い出せぬ理由があるのだろう

けれど

幾時代にも渡る魂は

わたしの奥深くに

どっかりと腰をおろしている

 

井戸の脇でひとり

星の夜ともなれば

占ってみたりもするが

本当に知りたいことは分からない

 

月は満ちて、

わたしは数十回目の

朱の葬送を見送っている

それは行き先もなく

井戸の傍らに血が溜まっていくばかり

戯れに絹の糸を血の淵へと垂らせば

つう、と

糸は朱の色を飲みこんだ

 

絹糸はだいぶ長いので

糸電話を作れば

ずいぶん遠くまで届くだろう

わたしは

闇に向かってそれを放つ

そして

伝言など届かぬものかと

耳にあててはいるが

 

 風の音がするばかり

   風の音がするばかり

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